大判例

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福岡高等裁判所 昭和46年(う)421号 判決 1973年1月22日

主文

1  原判決中被告人岩井正直に関する部分を破棄する。

2  被告人岩井正直を懲役三月に処する。

3  ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

4  原審における訴訟費用中証人鴫山宗雄、同西三郎、同田原米一の第一五回公判出廷分、同道脇美徳、同前田常治に各支給した分の三分の一、同田原米一の第一六回公判出廷分、同松浦儀三郎、同古川政一、同辻満寿男の第二〇回公判出廷分に各支給した分の二分の一、同杉本藤男に支給した分の四分の一、同緒方照夫に支給した分の六分の一、同桶口正徳、同日高義治に支給した各全部は、被告人岩井正直の負担とする。

5  検察官の控訴中被告人粟田昭雄および同上嶋夏美に関する部分を棄却する。

6  被告人粟田昭雄、同上嶋夏美の各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、……に各記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対し、当裁判所は、本件訴訟記録ならびに原審において取り調べた証拠および当審における事実調査の結果にもとづき、次のとおり判断する。

以下において

福岡造船株式会社を会社と

全日本造船労働組合福岡造船分会を組合と

それぞれ略称する。

検察官の控訴趣意第一点事実誤認、法令適用の誤の主張について

一  公訴事実第一関係

所論は要するに、原判決は、被告人岩井正直の行為が、外形的には暴力行為等処罰に関する法律一条一項所定の構成要件に該当するようであるけれども、法益侵害の程度が極めて軽微であるばかりでなく、会社側が従前と異なつた争議対策をとつたため発生したもので、会社側および西三郎側にも一半の責任があり、被告人らの行為は承諾なくして撮影された写真の恣意的利用を防止するためにとつた行為であつて、その動機目的において相当なもので、行為の可罰的違法性を欠き、前記構成要件への該当性は否定されるべきものである、との判断を示しているが、以下の諸点において誤りがあるものである。すなわち、会社が争議中の組合員に対し会社構内への立入を禁止した措置は、会社の下請の従業員の作業遂行上組合側と紛争を生ぜしめないためにする正当な目的のもとに予防措置をとつたものであり、かつ本来会社は組合のストライキに対応して事業所を閉鎖し、組合員の入構を拒み得る権能を有し、施設管理権にもとづき、組合員が就労以外の目的で会社の施設を利用することを拒み得るものというべく、会社の右立入禁止の措置は組合の団結権を侵害しまたは団体行動を不当に制圧する意思はなく、専ら防禦的適法なロックアウトであつて何等不当なものではない。西三郎の写真撮影行為は、同人が会社総務部長日高義治から立入禁止中組合員がみだりに会社構内に立ち入らないよう監視し、万一不法な行為を行なう者があつたときは写真撮影するよう命じられていたところ、デモ隊が西三郎等の警告を無視しその制止を排してあおり止めを破壊するなどして門扉を開き会社構内に乱入したうえ、構内をデモ行進し、再び通用門付近に来たところを、約四メートルの距離からデモの状況を一回写真撮影したものであつて、その行為は正当な行為であり、また会社に写真を不当に利用しようとする目的は無かつたのである。本件ストライキ以前の団体交渉において会社側に不誠実な態度があつたり、警察官を会社構内に出入させて組合に対し無用の緊張を招来させたことはない。被告人岩井正直は両手で西三郎の左腕を捻じ上げて写真機を奪取したのであつて、暴行の程度が可罰的違法性を欠ぐほど軽微なものではない。

右の諸点につき原判決は証拠の取捨選択を誤り、事実を誤認した違法があり、ひいては法令の解釈適用を誤つた違法があり、原判決は破棄を免れ難い。

二  公訴事実第四関係

所論は要するに、原判決は粟田昭雄同上嶋夏美が他の組合員約三〇名と共謀のうえ、進水式場に立ち並んで、シュプレヒコールを繰り返したり労働歌の合唱を行ない、進水要員が配置につくのを妨げ、デモ行進を行なうなどして、威力を用いて会社の行なう進水式の業務を妨げた行為を、刑法二三四条の構成要件に該当すると認めながらも、会社が正当な理由がないのに下山オルグとの団体交渉を拒否したり、さきに行なつた組合のストライキ実施を理由に賃上げ回答を撤回してその回答内容を下回る新たな回答を示すなどの会社の不当な態度を改めさせ労働条件の改善による経済的地位の向上をめざした争議行為として行なつたもので、目的が正当であり、その手段方法も相当であつて、結果たる業務妨害の程度も軽微なものに過ぎないから、正当な争議行為であり労働組合法一条二項刑法三五条により違法性を阻却されるべき場合で犯罪を構成しないとして、無罪の判決を言い渡したが、しかし、組合から賃上げなど四項目の要求が出されるや、会社は一〇数回にわたつて団体交渉を続け、しかも組合の代表者との交渉により自主的な解決を図り、下山オルグには側面からの協力を要望したに過ぎないのであつて、会社の措置は相当である。しかも会社は昭和三八年五月二五日の団体交渉に下山オルグの参加を認め、定期昇給を含めて二、八〇〇円の賃上げ回答をし、交渉は殆んど妥結に近かつたが、組合が会社を誹謗する行為をしたため、交渉の成果を失わしめるに至つたのである。原判決がかかる事情を考慮せず、ひとり会社のみを不当とし、それとの関連で被告人両名の行為が正当な争議行為の範囲内にあると判断したのは、事実の認定を誤つたものというほかはない。仮りに会社に団体交渉拒否の事実があつたとしても、本来的に違法な争議行為が正当化されるものではない。さらに会社が同年三月三一日組合に対し賃上げ回答を示し、その後これを撤回したのは、組合が撤回に同意したのと、ストライキを実施し会社が回答に付した撤回の条件を成就させたからにほかならない、会社のとつた措置は正当である。進水式は会社と船主とが一体となつて行う儀式で、船主にとつて極めて重大な意義を有するものである。被告人らは会社の業務を妨害したに止まらず、第三者たる船主の業務をも阻害しかつこれに回復し難い重大な損害を与えたのであるから本件争議行為は違法となるものである。しかも会社に組合の団結権を侵害するような不当な行為はなかつたのであるから、進水式挙行に際しては、労働争議行為として行ない得るのはストライキにより労務の提供を拒否し得るに止まり、積極的に威力を用いることは許されないのである。組合のとつた争議手段は悪質であつて、正当な争議行為の範囲を遙かに逸脱したもので、違法たるを免れ難い。

以上のごとく、原判決の公訴事実第一および第一および第四に対する判断は、重要な事実を誤認した違法があり、ひいては法令の解釈適用を誤つた違法があるので、これらの違法は判決に影響をおよぼすことが明らかであつて、破棄を免れ難い。

というのである。

案ずるに

一公訴事実第一関係

被告人岩井正直が、昭和三八年四月一二日午後四時一五分頃、組合所属の他の組合員約四〇名とともに会社工場構内をデモ行進した際、会社の保安要員西三郎が工場入口正門付近の守衛室内からデモの状況を写真撮影したことに立腹し、他の組合員らと共に撮影を中止させかつネガフィルムの引渡を求めるべく、右守衛室に殺到して口々に「写真機をやれ」「写真機をとれ」と怒号し、組合員等は守衛室の腰板を蹴りカウンターを激しく叩くなどし、組合員道脇美徳から胸を押された西三郎が、カメラを奪取されまいとしてこれを左手にしつかりと握つて後手に隠しているのを、被告人岩井正直がその左横からカメラを握つて強く横上方に引き上げて右カメラを取り上げたため、カメラを握つていた西三郎の左腕を左上方に不自然な状態で捻じるように引き上げたことになり、これにより同人の左肩付根付近に激痛を与えかつ同人を畏怖させた事実を認めることができる。右行為が、暴力行為等処罰に関する法律一条一項の罪の構成要件に該当することは否むべくもない。

ところで、被告人岩井正直ら組合員が行なつたデモ行進に対し西三郎が写真撮影を行なうに至つた経過を考察すると、組合が、会社のとつている下山オルグを団体交渉に出席させることを拒否し続けたり賃上げの回答に組合がストライキをしないことを条件とした不当な態度に抗議の趣旨を含めて組合の要求を承認させるため、同日午後三時からストライキを実施する旨会社に通告するとともに、同日午後三時から翌一三日午前八時までストライキを実施したが、右ストライキの通告を受けた会社は、組合に対しストライキ実施中は組合員が会社構内に立入ることを禁止する旨の通告書を手交するとともに、会社正門横に同旨の掲示を貼り出し、会社総務部長日高義治は西三郎に命じて正門を閉鎖させ、さらに同人に対し、ストライキ中は組合員を構内に立入らせないこと、万一不法な行為をする組合員がいるときは写真撮影をすることを命じて写真機を手渡していたところ、被告人岩井正直ら組合員約四〇名位がデモの隊列を組んでワッショイワッショイとかけ声をかけながら前記正門付近に進んで来たが、前記のように立入り禁止の掲示があり、かつ正門は閉鎖されていたうえ、通用門も閉されてあおり止めがかけてあり、西三郎および会社守衛寺崎竜助の両名がデモ隊に対し入構できない旨を告げ、通用門を両手で押えて組合員の入構を制止していたが、被告人岩井正直等は西等の制止を肯ぜず、通用門を激しく揺すつて、無理にあおり止めの金具を外して通用門の扉を外側に引つ張り開け、構内に乱入し、デモの隊列を整えて会社構内を一巡し、再び守衛室前に戻つて来て同所で渦巻き状に二、三周しているところを、西三郎が証拠保全の目的をもつて、日高義治から命じられたとおりに前叙のように写真撮影したものであることが認められる。思うに、使用者は労働組合の団結権ないし団体の行動を不当に侵害または制限するものでない限り、作業に従業中の他の従業員との摩擦による紛争を生じそのため作業場を混乱に陥れるおそれがあるときは、労働組合のストライキ実施中、これに対応して経営権ないし事業施設の管理権に基づき組合員の立入りを禁止し得るものというべく、会社が前叙のごとく組合に対し立入り禁止を通告し、かつ出入の門等を閉鎖した後は、組合員はデモの目的をもつてしても会社の承認がない限り会社構内に立入ることは許されないものと解するのが相当であり、不法に侵入した違法状態下において行なわれたデモ行進もまた違法な行動となるものと断ずべきである。蓋し当時組合事務所は会社構内にはなかつたので、立入を禁止しても組合ないし組合員の団結権ないし団体行動権を制限するおそれがなく、組合が会社構内をデモ行進するときは下請の従業員との間に紛争を生じ作業場を混乱におとしいれるおそれがないとは言えない状態にあつたのであり、その他にも右立入り禁止の措置を違法不当ならしめる事由は認められないからである。もつとも会社は前記のごとく、組合から団体交渉の代理権の授与を受けていた下山オルグが団体交渉に出席することを拒否していた不当な態度をとつていた点があるが、これとてもそのために右立入り禁止の措置が違法ないし不当となるものとは認められない。しかして会社のなした立入り禁止の禁を犯して不法に事業場内(会社構内)に侵入する者があるとき、現に行なわれている違法行為の状態を、会社が証拠保全の目的をもつて写真撮影することは、正当な行為として許容されねばならない。これを違法と評価することは相当ではない。従つて会社の総務部長日高義治が守衛西三郎に対し不法に構内に侵入する者の写真撮影を命じたことは適法であり、西三郎が前記のごとく写真撮影を行なつたことは、被告人岩井正直等組合員の会社構内に不法侵入した違法状態を撮影したもので、もとより会社の業務命令に誠実に従つた正当な業務行為である。被告人岩井正直等組合員が西三郎の意思に反して撮影に用いたカメラの奪取を図ることは到底許されるべきことではない。しかも行為の態様は、西三郎および寺崎竜助の二名に対し組合員約四〇名の圧倒的多数をもつて口口に怒号しながらカメラの引き渡しを迫り、守衛所の腰板を蹴り、カウンターを叩き、道脇美徳は西三郎の胸を押し、被告人岩井正直は西三郎の握つているカメラを掴んで同人が肩に激痛を感じるまでに同人の左手を無理に横に上げる暴行を加え、西三郎および寺崎竜助を恐怖に陥れたのであつて、かような有形力の行使の態様、程度は決して軽微なものということはできない。右行為が組合の行なつている争議行為の一環として窮極的には労働者の経済的地位の向上を図るための団体行動たるストライキを有効有利に導こうとしたものであるとはいえ、その行為の直接の目的および手段方法が、ともに社会的に相当とする範囲を遙かに逸脱したもので、労働組合法一条二項但書に規定する暴力の行使に該当し、到底正当なものと認めることはできない。原判決が右認定と異なり暴力行為等処罰に関する法律一条一項ばかりでなく刑法二〇八条の予定する可罰的違法性をも欠くとして、右両罪のいずれの構成要件該当性をも否定し無罪を言い渡したことは、法の正当な解釈を誤つたか、または事実を誤認したもので、この違法は判決に影響をおよぼすことが明らかであり、破棄を免れ難い。論旨は理由がある。

二公訴事実第四関係

組合は、同年五月二八日午前一一時から午後〇時一〇分まで時限ストライキに入り、当日午前一一時三八分から行なわれるべき第三八天生丸の進水式の就労を拒否したが、会社は課長等の管理職や臨時工等からなる代替要員を準備して予定を繰り上げ、同日午前一一時過頃から工場内第三船台で右第三八天生丸の進水式を挙行しようとした。そこで被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員約三〇名は同日午前一一時一〇分頃から同船台と第三八天生丸との間のレールの両側に立ち竝んだため、代替要員が進水のための定位置に就き得ない状態であつた。その様を見た会社造船部長岸本英明等が妨害をやめるよう説得にかかつたが組合員等はこれを聴き入れず前近代的労務管理をやめよ等とシュプレヒコールを繰り返し、船主岩本建市や来賓等が船台に上るや、被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員は同様のシュプレヒコールを反覆したり、労働歌を歌つたりして船台周辺をデモ行進した後漸く木工場の方へ立ち去つたので、会社は急遽進水要員を所定の位置に配置して君ケ代の斉唱を行なつているとき、再び被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員約三〇名がデモ行進しながら進水式場に現れ、赤旗を振るなどして式場周辺を二、三周し、同様のシュプレヒコールを繰り返したり労働歌を歌つたりして式場一帯を騒然たらしめ、進水式を満足に進行することは望めない状態にして、同日午前一一時三〇分頃式場から立ち去つた。会社はやむなく一時中断した式典を再開して当初の予定時刻より余り遅れることもなく進水式を終了した事実を認めることができる。被告人粟田昭雄同上嶋夏美等の右行為が刑法二三四条所定の威力業務妨害罪の構成要件的特徴を或程度具えた行為であることは否むべくもない。

ところで右進水式は会社と船主が共同主催して行なうものであるが、式次第のうち、船主が行なうべき事項は、船名の命名と挨拶がその主たる内容をなし、その他の事項や労務の提供は全て会社側が行なうのであつて、しかも船主の行う事項と会社の行なう事項とは一体となり不可分な関係で進水式を進行させるものであり、かつ船主の行なう部分よりも会社の行なう部分が圧倒的に大部を占めているのである。かような場合は、組合の行なう争議行為の結果が直接船主に及びその行なう業務を妨害するに至るとしても、組合の行なう争議行為が会社との関係で正当なものとして是認される限り、船主との関係においても正当なものとして犯罪を構成しないと解するのが相当である。蓋しかく解しないときは、第三者の業務が僅少でありながらも使用者の業務と不可分に関係する場合、労働者がその経済的地位の向上を図るだめ、使用者との交渉において対等な立場を保持する必要から労働者の行なう重要な団体行動の一たる争議行為を行ない得ない場合を生じ、憲法二八条、労働組合法一条二項、八条等において保障する団体行動権を不当に制限する結果を生ずることとなるからである。

そこで被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等の行なつた前記行為が、使用者たる会社との関係において、果して正当なものであつたか否かを検討することとする。組合が前記進水式の際時限ストライキを行なうに至つた経緯をみてみると、組合は、昭和三八年の春闘において同年二月一三日会社に対し、基本賃金額の引き上げ、作業人員の増加、作業時間の七時間制、割増賃金の増額等四項目の要求を掲げて団体交渉を申し入れたが、会社は本社が大分県臼杵市の臼杵鉄工所にあつた特殊事情があつたとはいえ、兎角解決を遷延する風が見え、過去積年に亘り組合の切り崩しや支配介入に類する行為があつて、組合員に対し極めて深い不信感を与えていたうえ、右団体交渉の申し入れに対し同年三月七日以降数回の団体交渉を重ねたが、会社は団体交渉を開いてもその席上で問題の解決を図ろうとはせず、非公式に組合三役とのみの話し合い(これを関係者は小委員会と呼んでいる)で解決を図り、同月三一日に至り漸く組合三役との話し合いの席で、組合がストライキをしないことの条件を付して基本賃金引き上げの要求事項についてのみ、定期昇給を含めて月額二八〇〇円の増額、その実施期日を同月二一日とする回答を示したが、その他の要求事項については、時期尚早等の理由で事実上要求を拒否する態度を示したので、組合はこれを不満とし、交渉の行き詰り打開のため本部へオルグの派遣を要請し、これにより派遣されて来た全日本造船労働組合の中央執行委員下山實が組合から会社との団体交渉の依頼を受け、団体交渉の場に出席しようとしたが、会社は正当な理由もなく下山實の参加を拒否したばかりでなく、組合三役との話し合いによる解決を固執するので、組合はこれら会社の不当な態度に抗議するとともに、前記回答に付した条件を撤回させかつ下山實の団体交渉への出席を承認させるため、同年四月一二日午後三時から翌一三日午前八時までのストライキを決行したこと、会社は同月二二日の団体交渉において組合がストライキを行なつたことを理由にさきに示した賃上げの回答を撤回する旨を告げ、その後も下山實の団体交渉への参加を拒否し続けるので、組合はさらに全日本造船労働組合福岡造船分会闘争委員長名義の団体交渉権を下山實に授与した旨の会社社長田中徹男宛文書で通知したが、会社は右分会名義の文書は受け取れぬとその受領を拒否して暗に組合が上部団体に加入したことを非難嫌忌した態度を示し、一向にその不当な態度を改めようとしないので、組合は同年五月二二日頃福岡地方労働委員会に会社の不当労働行為を訴えて救済を求めるに至つたこと、会社は依然として下山實の団体交渉への出席を肯じなかつたが、同月二五日頃に至り、さきに撤回したと同様の、定期昇給を含めて月額二八〇〇円の賃上げ、その実施期日を同年四月二一日からとする回答を示した。右回答は実施時期を遅らせた点で前回に劣る内容のものであつたが、組合はこれを不満としつつも、金額については最早やこれ以上の増額は望めないとして諦めるが、その実施時期は前回同様とすることと、下山實の団体交渉参加の承認を求めて五月二七日団体交渉を開催すべきことを会社に申し入れたが、会社は同月二八日進水式の予定があつたところから二七日の開催を拒否し進水式におけるストライキを回避するため同月三〇日に開催を回答して譲らないところから、それまでも会社が進水式のストライキを極力避けるため団体交渉の開催時期を進水式終了後に引き延ばす戦術をとり続け、他方組合は、組合員総数五〇名に達しない少数であるのに対し、会社の下請け工員は約四五〇名の多数に上り、進水式以外の業務のストライキでは会社の蒙る打撃は比較的軽いのに対し、組合員の招く損失は決して軽いものではなく、従来とつて来たストライキの効果が少かつたところから、組合としては戦術の転換を迫られていた折ではあり、組合は事ここに至れば最早や進水式のストライキもやむなしとして、会社の不当な態度に抗議し、下山オルグの団体交渉参加の承認、賃上げ実施の時期を同年三月二一日に遡らせることの承認を目的として同年五月二八日午前一一時より午後〇時一〇分まで、当日行なわれる進水式の業務に就労することを拒否してストライキ実施に踏みきつた等の一連の経緯事実を認めることができる。

使用者が、組合が正当に委任した者との団体交渉を正当な理由もなく拒否し、その不当労働行為を改めないときは、組合は労働委員会に対しその旨を申立て、救済を求める道が開かれていることはいうまでもないが、しかし組合がかかる救済手段に依るほか、争議手段に訴えて、直接使用者の反省と理解を求めこれにより団体交渉に対する使用者の不当な拒否的態度を排除し、団体交渉において労働者が使用者と対等の立場に立つことを保持し、その経済的地位の向上を図ることも、労働者に保障された団体行動権の正当な行使の範囲に属するものとして、許容されるものと解しなければならない。本件時限ストライキはまさにかかる趣旨目的のもとに行なわれたもので、前叙のごとき本件ストライキの経緯に明らかなように、会社がとり続けて来た一連の不当な態度と対比するとき、右ストライキに不当労働行為に対する抗議の趣旨が含まれているからといつて、一概に不当視することは妥当とはいい難く、正当な争議行為と認めざるを得ないところである。

被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員が進水式に際して行なつた前記デモ行進や、進水式場に立ち竝んだり、シユプレヒコールを反覆したり、労働歌を高唱したりした行為は、多数の者によつて行なわれた点において威力的要素を具有することは否めないが、その行為の目的は、本件時限ストライキにおいて会社の不当労働行為に対する抗議の趣旨を鮮明にするとともに、進水式に列席したり参観している船主や海上運送関係者、造船関係者その他の一般市民に労働者の窮状を訴えて、使用者たる会社の反省と理解を求める趣旨の徹底を図つたものであり、行為の態様も、時間的には僅かに二〇分間程度のものであつて、進水式場に一時的に立ち塞がつたり、デモ行進したり、シュプレヒコールを反覆したり、労働歌を歌つた比較的消極的性格の強いもので、積極的に他人の身体や工場施設に対する直接的有形力を行使したものとは根本的に性質を異にするものである。しかも組合をしてかような抗議行動にまで駈り立てたのは、前叙のごとき会社が不当労働行為を反覆して顧みるところのなかつた不当な態度に非難されるべき大半の原因があつたものといい得るところであり、行為の結果についても、被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員の右抗議行動の終つた後、会社は中断した進水式を続行して間もなくこれを終了していたのであつて、業務妨害の程度は極めて軽微であつたと見得るところである。右のごとき、行為の動機、目的、態様、結果を総合して考察すると、前記行為は結局、労働者たる被告人粟田昭雄、同上嶋夏美等組合員が、自らの経済的地位の向上を図るために、使用者たる会社との団体交渉を進める上に、対等な立場を保持することを目的とした行為であつて、社会的に相当な範囲を逸脱したものではなく、正当なものというべきであるから、未だ会社の行なう業務を違法に妨害したものということはできない。またかように会社との関係において正当なものである以上、船主岩本建市との関係においても前記説示するところに照らして、正当な行為たる性質を失わないのである。結局被告人粟田昭雄および同上嶋夏美の前記行為は犯罪を構成しないので、これと同旨の原判決には事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

<以下略>

(中村荘十郎 真庭春夫 仲江利政)

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